僕達は東京スカイツリーだ~塔から考える2010年代論~ 第1回

浮世絵とハンバーガー

 

浮世絵とハンバーガー。いかにも相性が悪そうだ。
しかしこの2つが出会いを果たした浮世絵がある。

それがこれだ。

この浮世絵を巡ってネット上ではオカルト的な言説を含め様々な憶測が飛び交ったのだが、真相はあっけなかった。現代の美術作家である寺岡政美の作品であることが判明したのだ。日系アメリカ人である寺岡は日本の伝統である浮世絵と現代社会における様々な事物を組み合わせた作品を多く発表している。本作も現代を象徴するファーストフードであるハンバーガーと浮世絵を組み合わせるという意表を突く構図が採られている。

 

この「浮世絵とハンバーガー」騒動ともいえる出来事は2011年~2014年あたりにかけて盛り上がっていて、多くのホームページでこの絵が取り上げられ寺岡など存在しないかのように独特の推論を発揮していた。今でもYahoo!で「浮世絵 ハンバーガー」と検索してみると約89900件のサイトが引っ掛かる。

そしてもう一つ興味深いのはこの浮世絵を取り上げるサイトの多くが共に「ある浮世絵」を取り上げていることだ。

 

それが、歌川国芳の『東都三つ又の図』。
こちらは正真正銘江戸時代に描かれた浮世絵だ。

絵の左側に注目してほしい。周囲より明らかに高い塔がある。これが先ほどのハンバーガーのように浮世絵に描かれるには明らかに不自然な塔ではないかと憶測を生んだのである。確かに周囲の建造物よりも異常に高く、その威圧感は凄まじい。しかし僕たちはこの光景にある既視感を持たないだろうか?

こんな写真と比較してみよう。

これはグーグルアースから眺めた東京スカイツリーだ。国芳が描いた塔とこのスカイツリーはどこか類似してはいないだろうか?実際に多くのサイトはこれを取り上げて「浮世絵にスカイツリーが描かれている!」と騒ぎ立てたのである。

国芳がこの浮世絵を描いたのは1831年のこと。そして東京スカイツリーが建造されたのは2012年であるから、彼は180年以上に渡る時代の差を飛び越えてまさに予言者のごとく浮世絵にそびえたつ塔を書いたのではないか。そのように噂されたのである。

 

もちろんこうした言説の背後にはまず歌川国芳という人間の奇妙な生きざまが影響しているということは触れなければならない。例えば彼は男性の肉体だけで男の顔を書くという、アルチンボルドもびっくりな(アルチンボルドは野菜やら魚やらで人の絵を書いていた)絵を鎖国下の日本で描いていたような男である。

この作者が例えば『江戸名所百景』を描いた歌川広重であったり、『富嶽三十六景』で日本人の心に富士山の相貌を植え付けた葛飾北斎のようないわゆる王道の浮世絵師であったならば(何をもって王道とするかであるが今は浮世絵師の話ではないので、ひとまずはメジャーであるということぐらいにしておこう)、こうしたオカルト的な言説は湧いて出なかったかもしれない。さらに(浮世絵で描かれている風景が必ずしもリアルな風景の模写とは限らないとはいえ)地理的な面からもこうした憶測は確かに無根拠なわけではない。つまりこの浮世絵で描かれている風景が比較的、現在の東京スカイツリーが位置している地域の近くなのではないかというような検証もあるからだ。

 

このように国芳という人間の不気味さ、地理的諸条件の合致率の高さなど様々な要因がこの憶測を生み出し、オカルト好きの間ではちょっとした話題になったわけであるが、そうした盛り上がりは例えばこの騒動が2011年2月に東京新聞ででかでかとした特集として組まれたということからもうかがえるだろう。

結局この高い塔は江戸時代において使われていた井戸を掘るための櫓(やぐら)を国芳がデフォルメして書いたのだろうという見解に落ち着き、東京スカイツリーが開業されると共に騒ぎも収まっていった(とはいえ、櫓にしては高すぎる、というオカルト警察の意見はいまだに根強く残っていて真相は不明なままであるがここはその真相を解くことが目的ではないので、調べたい方はご自分でどうぞ)。

さて、既に読者の方々はこの連載記事のタイトルが『僕たちは東京スカイツリーだ』というほとんど暴論のようなものであることを知っているだろう。僕は強くこのことを信じていて、そしてこれから数十回をかけてこのことを皆に知らしめようと思っている。

 

 

それでなぜこんなオカルトじみた話を連載の記念すべき第1回に持ってきたのか。それはこの取るに足らないと思われても仕方のない小さな出来事にこそ、東京スカイツリーの全てが詰まっていると僕は思っているからだ。

つまり、この出来事を精緻に分析していくことで僕は東京スカイツリーの本質に迫ることが出来ると思っているし、そこから演繹してそのスカイツリーを見る僕たちについてもわずかながら考えることが出来ると考えている。そしてそれと同時に僕にはこの現象が2010年代に入って起こったということがとても興味深く感じられる。もちろんこの国芳の絵は江戸時代からずっとその存在は知られていたわけであるし、なにも2010年代に入ってぽっと出てきたわけではあるまい。でもこの絵は2010年代に入り、スカイツリーが徐々にその姿を現してからもう一度読み替えられるようにして世間の注目を浴びたのだ。

 

 

例えばそれは東京スカイツリーの全体プランが発表された直後でもよかったはずだ。なにせその形が決まったのはそれより5年ほど前の2006年のことだったからである。なぜ4~5年の潜伏期間を経て突然オカルト界の寵児に成りあがったのか。これは2010年代という時代の特性を(ディケードで区切る論議が恣意的だとはいえ)浮かび上がらせる作業になるのではないか。

そんなわけでまずはこの「浮世絵に書かれたスカイツリー」を精査しながら東京スカイツリーがいかなる点において「僕たち」であるのかを見ていくことにしよう(そういえば、浮世絵とハンバーガーは?と突っ込まれる方がいるかもしれない。ご心配なく。それは何かの伏線です。僕もまだ回収できるか分かっていないが)。

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA