第1回 アストル・ピアソラ、覚え書き 「フーガと神秘」

 

『フーガと神秘』

 

手元に楽譜がある。「タンゴの革命児」と呼ばれたアストル・ピアソラが1968年に作曲したオペラ『ブエノスアイレスのマリア』の中の一曲、『フーガと神秘』だ。

フーガが始まる。半音階で緩やかに変化を遂げるテーマ。半音階のテーマが重なる。うかうかしているとまた異なる楽器が入ってくる。既に三回目。おなじみのメロディーだ。単純なメロディーが重なる。音はポリフォニックに、多層的に複雑になる。もはや聞き分けることは出来ない。あるミュージシャンがどこかで言っていたのを思い出す。タンゴは本来ならば他のミュージシャンの音を聞くことから音楽が成り立つが、この曲は他の音を聞くとロストしてしまう、と。

 

もはやそこにおいてミュージシャンは「私の音」を聞かざるを得ない。ただ楽譜とにらめっこをしてその通りに弾くことがプレイヤーには要求されるのである。ただし至極単純な事実として他者の音はそこにある。耳をふさがない限り、そこにただ私が出していない、異質な音はそこにある。集中的な聴取で聴く私の音と、しかしそれでもなお私の耳に入ってきてしまう異質な音。その二つの音が絶妙に合わさる地点にフーガはある。

 

ではなぜフーガなのか?なぜピアソラはフーガを選び取ったのか?

 

フーガが異質なものをただ混在させるのだとするならば、そこでピアソラがフーガという手法を選び取ったことは必然だ。なぜならばピアソラは常に異なる二者を結び付けてきたからである。いや、それは彼が意図的に選び取ったというよりも彼の生きざまとして必然的に選び取られたものだともいえよう。

クラシックとタンゴ、それはとりもなおさず西洋と非西洋の対立であって、フランスで本場のクラシックを学びながらも師匠に「あなたにはタンゴの血が流れている」と言われたピアソラの音楽には必然的にタンゴとクラシックが併存している。併存、と言ったのは彼の音楽が特段その二つのどちらにも媚態していないからだ。クラシック風のタンゴをあからさまな形で作るわけでもなく、あるいはタンゴ風のピアノ曲を作るわけでもない。むしろそれは確かにタンゴであり、そして確かにクラシックでもある。彼の音楽が激しく非難されたのはそれが何かに媚態していたからではない。むしろそれは何にもこびへつらうことなくただタンゴであり、クラシックであるという点において新しすぎたからである。彼をして究極のフュージョンアーティストと言われるのはそういうことだ。

 

フーガが「私の音」と「他者の音」を不思議なやり方で結合させたのだとするならば彼の音楽もまた不思議なやり方であらゆるジャンルが結合していた。『フーガと神秘』に戻るならばそれはフーガという音楽形式だけでなく、よりメタ的に見たときにまた「結合」の印が現れる。それは既にその曲名に強く刻印されている。なにせ、『フーガと神秘』なのだ。ただの「フーガ」ではない。「神秘」が現れる。この曲で言うならばフーガが終了し、鋭い16分音符の連打から始まる激しい4つ打ちのタンゴ部分か、それともその後に訪れる静謐なフレーズなのか、どちらが神秘なのか、ここでは断定しないでおこう。いずれにせよフーガとは異なる部分が突如として挿入される。そこではこの曲自体がメタ的に「結合」の曲であるということが暗黙裡に示されている。

 

『フーガと神秘』。

あらゆる異質のものがただそこにある。

ピアソラはただそれらをしかめっ面でつないでいく。

バンドネオンの音と共に。

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「タンゴの革命児」アストル・ピアソラの楽曲を研究し、その成果を演奏として理論と実践をつなげる試みを目指す団体。
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