スパイダーマンといっしょ! 第1回

エピソードゼロ:スパイダーマンとの接触

みなさんは「100ハイ」という言葉をご存じだろうか?

 

それは「本庄早稲田100キロハイク」の略で早稲田大学に伝わる伝統行事である。その名の通り、群馬県本庄市から早稲田大学の本部キャンパスまでの約100㎞(噂によればそれ以上の距離があるらしい)を徒歩で歩くというイベントである。毎年多くの学生がこのイベントに参加し、ゴール地点となっている大隈銅像では泣きながらゴールをしている人間も散見される。

 

そこに颯爽と現れる一人の男がいる。

 

スパイダーマンだ。

 

スパイダーマン?と不思議に思う方もいるかもしれない。あのハリウッド映画で大活躍しているクモをモチーフにしたヒーローが?と。

 

しかし確かに彼は100ハイの二日間にだけ現れるのである。その中で最も過酷であると言われる先頭列――そこでは多くの人が走りながら100キロを完走する――の中に彼はいつもいて、一説によれば「食事を摂らず、休憩もしない」のだそうだ。そんなあまりにもストイックな男、「100ハイのスパイダーマン」には当然のごとく多くのファンが存在している。そんな彼らにスパイダーマンへの想いを聞いてみた。

 

現在私は大学三年生で一年次、三年次と百ハイに参加した。そんな私にとって、スパイダーマンはどんな存在だったか今から述べる。
一年次、初めてスパイダーマンを見たときは、ただのコスプレだと思っていた。通常、コスプレは、二区途中で皆脱いでしまう。しかし、スパイダーマンはずっとスパイダーマンのままだった。先輩にアレはなに?と聞いたら、百ハイにだけ現れる伝説とだけ意味深に教えられた。スパイダーマンに対する漠然とした憧れ。当時十八歳で初めて百ハイに参加した私は早稲田の広さをスパイダーマンを通して知った。
三年次、百ハイ二度目の参加。一年間の情報収集により、スパイダーマンは眠らず、食事を摂らず、一人で、歩きにくい衣装を着て、百ハイの先頭を走りぬく百ハイの伝説という情報を入手した。スパイダーマンと先頭を走ることを夢見た私は、春休みから走り込み、減量、歩き方の改良等やれることは全てやった。そして、当日、四区と五区先頭を走ることができた。スパイダーマンとともに走った先頭は気が遠くなるほど幸せだった。スパイダーマンがいたから百ハイを歩き切ることができた、こんなに頑張ることができた私の百ハイの思い出はスパイダーマンと共にある。
スパイダーマンは私にとって、永遠の憧れである。

 

 

このように多くのファンを持つスパイダーマンはほとんど表に向かって発言しない男である。彼は文字通り100ハイの時にだけ現れ、100ハイが終わるとともにどこかへと隠遁してしまう。そんな寡黙な男スパイダーマンが唯一世間に向かってその声を聞かせた貴重な記録がある。それが次に載せる「100ハイ体験記」だ。スパイダーマンの意外な姿がそこには吐露されている。

 

 

そして私たちLa shoire編集部はこのスパイダーマンの声をもっと聴きたいと思い、隠遁中のスパイダーマンに接触を試みることにした。なんと彼は秘密裏でTwitterを始めていたのである。おそるおそる彼にDMをしてみるその返答は驚くべきことに恐ろしく丁寧かつ流麗であった……。本人の希望もありそのDMを掲載することは出来ないが、回答はOK。ただしプライバシーの保護だけ気を付けてほしいというものであった。いずれにせよ私たちはこの伝説的な男、スパイダーマンと接触をし、そして取材までさせてもらえることになったのである。

 

この連載はそんなスパイダーマンがあらゆることにチャレンジし、あらゆることを語り、あらゆることを伝説にしていく、そんな連載になるだろう。

 

これはまだ序章に過ぎない。本当の記事はこれから始まる。

 

あなたはこれからスパイダーマンが織りなす「伝説」をその目で見ることになるだろう――

 

次回予告の写真を少しだけ。

これがスパイダーマンだ…!

 

次回も乞うご期待ください。

(続く)

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