僕たちは東京スカイツリーだ~塔から考える2010年代論~ 第3回

第3回 宮藤官九郎についても考えてみる

 

さて、前回(こちらから読めます)確認したように2010年代の多くの建物で「過去」、「未来」といった言葉が踊る。過去から未来へと続く歴史性の上にその建物があるということがマンションポエムのような形で強調されるのだった。時間性に基づいた歴史という名の「物語」がここで再生産されている。なぜ再生産なのか?

 

なぜなら2000年代ではもう歴史性に基づく「物語」は無効だったからだ。

 

歴史性に基づく「物語」を「大きな物語」と言い換えてもいいだろう。「大きな物語」とはフランスの美学者、リオタールが提唱した言葉で、近代社会において個々人が生きる意味を保証してくれていた宗教や国家、そして歴史といったシステムのことである。近代人はこうした虚構のシステムに保障されながらその生を全う出来た。例えば一昔前の西洋人ならば「キリスト教」というシステムの中で生活の様々な生活の局面が保証されていたのだし、何より死後の世界でさえそれによって安定性を得ていた。そのために現世においては地獄に落ちないように善行を積みながら生きるという発想になるわけだ。それは宗教に限らず近代国家においても同様である。近代人は「国家」というシステムを信じていればその生を全うすることが出来た。○○人である、ということが彼らのアイデンティティを形成していた。

 

しかし現代社会はこの「大きな物語」が既に意味を成さない。恐らく誰も「国家」の正統性を信じてはいない(もちろん近年はこの現象が反転しているということが発生しているが、それについては後程考察しようと思う)。「宗教」もその意味を失う(これもまた最近反転している)。そのような時代に私たちは生きているのだ。しかし2010年代の建物はこの機能しないはずの「歴史」という名の「大きな物語」を参照しようとする。そして市井のレヴェルで人々がスカイツリーと浮世絵を結び付けて考えたように、その物語はただの企業戦略以上の意味を持っている。これはなぜだろうか。

 

そして前回も確認したように、既に「大きな物語」が凋落して人々が生きていく意味を見失いつつある時代である2000年代と2010年代において、そうした「時間性への回帰」はそれぞれの特徴を持って現れてきている、というのが僕の考えだ。ではその2つのディケードにおける「時間」への取り扱い方の違いはどのようなところに現れているのだろうか。2000年代と2010年代に起きたこの変化を追うのに、一度東京スカイツリーを離れてみて、個々の小さな物語――小説や映画、ドラマ――を例に取ってみよう。そこで起こっている変化を元にして、改めてスカイツリーについてそれを適用してみたい。

 

ここでは2000年代からテレビドラマの世界で活躍した宮藤官九郎の作品群とそれを最も鮮やかに時代と結び付けて考えた宇野常寛の議論を追ってみよう。

 

評論家である宇野常寛が『ゼロ年代の想像力』で展開した宮藤官九郎論は明快だ。(また、当サイトではこの本の書評もアップされているのでそちらも参照していただきたいと思う。リンクは下記から)

宇野常寛『ゼロ年代の想像力』

 

曰く、2000年前半、「大きな物語」が凋落した後の想像力を最も体現していた作家こそ宮藤官九郎である。それは彼が自作ドラマの題名に用いた「池袋」(『池袋ウエストゲートパーク』)、「木更津」(『木更津キャッツアイ』)という地名からも明らかだ。「池袋」、「木更津」は歴史性が無い(=「大きな物語」が機能しない)郊外の一例として書かれる。その歴史性なき土地で新しい共同体を――もちろんその共同体には何ら根拠はない――作っていくこと。『池袋ウエストゲートパーク』であればそれは池袋西口にたむろする不良たちのグループなのだし、『木更津キャッツアイ』の場合には野球団、あるいは強盗団になろう。

 

(『木更津キャッツアイ 日本シリーズ』×氣志團、彼らも「不良」という名の共同体を形成している?)

 

いずれにしてもその共同体はかつての共同体が持っていたような「宗教」とか「国家」、あるいは「血脈」のような強力に人々を結び付けるものを前提とせずに作られた共同体である。そしてその共同体はもちろん任意であることを前提に作られたのでいつかは終わりを迎える。これこそ宮藤が2000年代前半に描いた想像力だった。

 

こうした歴史性なき土地で新しい、任意の共同体を作る可能性の模索というテーマに変化が起きた。2005年『タイガー&ドラゴン』のことである。ここではタイトルから地名が消える。ドラマの舞台は浅草、「池袋」や「木更津」とは正反対に重すぎるほどの「歴史性」を感じさせる土地だ。

 

宮藤が続く物語の舞台を浅草に求めたのは、郊外をテーマにしても『木更津』『マンハッタン』以上の結論はなく、これ以上語るべきものが存在しないからではないだろうか

(宇野常寛『ゼロ年代の想像力』より)

 

宇野はこのように宮藤の2000年代前半における想像力をまとめた上で宮藤官九郎について語ることを終了している。この議論を今の僕たちの議論に引き付けてみる。すると「歴史なき郊外」から「歴史ある土地」への回帰、もしくは「物語性」への回帰という「大きな物語の再生産」を宮藤の作品遍歴の中に認めることが出来るのだ。

 

正直に告白してしまうなら、僕がこれから語ろうとする2010年代的な想像力はその多くが実は2000年代後半にその姿を現したものである。いや、この「2005年」という年代こそが2010年代的な想像力の萌芽と、2000年代的な想像力のピークがクロスオーバーした年代なのだと僕は考えている。

なぜか。

次の単語だけ提出して、今回は筆を置くことにしよう。

 

2005年      『ALLWAYS 三丁目の夕日』公開   

      宮藤官九郎『タイガー&ドラゴン』……宮藤の「歴史性」回帰?

      中沢新一『アースダイバー』

      東京スカイツリーの設計プロジェクトが始まる(設計素案の検討など)

(続く)

 

東京スカイツリーに行かれる方はこちらから。

 

以前の連載は以下をクリックで読めます↓↓↓

僕達は東京スカイツリーだ~塔から考える2010年代論~ 第1回

僕達は東京スカイツリーだ~塔から考える2010年代論~ 第2回

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