『RAY』 BUMP OF CHICKEN 

〜詩人の「転向」〜

 

「ポップミュージックの作詞家は現代の詩人だ」

かつて、そう言ったのはシンガーソングライターの佐野元春だった。

 

その10年後、ボブ・ディランはノーベル文学賞を受賞した。彼は紛れもなく、「詩人」としか形容できないソングライターである。

韻の美しさや曲の中で完成されたストーリーはポップミュージックでしか表現できない言葉の活かし方だ。

まさに彼は現代最高の詩人である。

 

では日本のポップミュージックにおける「詩人」は誰かと尋ねられた時に、最初に浮かぶのがBUMP OF CHICKENの藤原基央である。

 

「天体観測」、「K」、「スノー・スマイル」などの曲を創り出した彼の歌詞は、一つの物語としても、日本語の響きとしても美しい。

なおかつその言葉たちは、藤原基央のしゃがれ声とブルージーなメロディに乗せられた時にこそ輝くように設計されている。

 

 

2000年代に登場し、ASIAN KUNG-FU GENERATIONやELLEGARADEN、ストレイテナーと共に一時代を築いたBUMP OF CHICKENであるが、その圧倒的な言葉とメロディにおいて特筆した存在であった。

 

しかしながらメディアに姿を現わすことは極端に少なかった。

「ブラウン管の前で評価されたくない」という藤原の思想のもとテレビ出演はなくライヴDVDもリリースすることがなかった。

藤原基央はひたすら物語を紡ぎ続ける、孤高の詩人であった—

2011年3月までは。

 

 

 

東日本大震災後の5月リリースされたシングル「Smile」はどこか今までのBUMP OF CHICKEN「らしくない」楽曲である。

藤原の持ち味であった、歌詞における物語性が一切なくなっているのである。

 

心の場所を忘れた時は 鏡の中に探しに行くよ

ああ ああ

人に尋ねるよ

 

零した言葉が冷えていた時は 拾って抱いて温めるよ

ああ ああ

映った人に届けるよ

 

どこか抽象的で内面描写が多いこの楽曲は、今までの藤原が創り出してきた歌詞とは大きく異なる。

圧倒的な物語世界を提示することに重きを置いてきた彼は、ここで大きな「転向」を果たす。

孤高の詩人は、言葉に余白を作り出すことによって人々に寄り添うような言葉を初めて紡いだのである。

 

この転向は、その後のBUMP OF CHICKENに大きな影響を及ぼす。

藤原の歌詞から、物語は消失した。彼は抽象的な言葉によって人々の心情に寄り添うことを選び続けた。

その過程で完成したアルバムが『RAY』である。

 

 

この作品の冒頭の2曲「虹を待つ人」、「ray」は、「Smile」のように抽象的な心理描写が歌詞のほとんどを占める。

前者は「希望」を歌い、後者は「過去との別れ」を歌う。今までの楽曲のような立体的な物語はそこにない。

 

 

 

 

藤原の言葉の変化と共に、バンドの音像にも変化が現れた。

無骨なバンドサウンドに、煌びやかなシンセサイザーの音や流麗なストリングスが積極的に使われるようになった。

この「開かれた音」への転向も、今までの彼らには考えられなかったことである。

 

物語を歌わなくなったBUMP OF CHICKENはその後、大きなスタジアムでの公演を積極的に行い「ミュージックステーション」、「SONGS」などの音楽番組へも出演。2015年にはとうとう「紅白歌合戦」にまで出演した。

アルバムのタイトル曲「ray」はスタジアム公演でも大きな熱狂を呼び、出演したすべての音楽番組で演奏された。

 

 

 

そして、今に至るまでその活動スタイルに変化がない。

震災を経て、孤高の詩人から開かれたポップスの詩人へと「転向」した藤原基央とBUMP OF CHICKEN。

 

私たちがカルチャーを通して東日本大震災を考える時、この「転向」について考えることを避けてはならない。

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吉田 ボブ
サザンオールスターズを子守唄にして育ち、マイケル・ジャクソンによって音楽に目覚める。 音楽、野球、映画、アイドルを横断歴に論じる。TAP the POPにて隔週で連載 年2回発行されるフリーペーパー「WASEDA LINKS」編集長
吉田 ボブ

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サザンオールスターズを子守唄にして育ち、マイケル・ジャクソンによって音楽に目覚める。 音楽、野球、映画、アイドルを横断歴に論じる。TAP the POPにて隔週で連載 年2回発行されるフリーペーパー「WASEDA LINKS」編集長

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