『紀州のドン・ファン~美女4000人に30億円を貢いだ男』後編

 

前編では紀州のドン・ファンについてをざっと述べている。まだ読んでいないかたは是非そちらを先に目を通してから以下の記事を読んでもらいたい。

『紀州のドン・ファン~美女4000人に30億円を貢いだ男』 前編

 

さて、紀州のドン・ファンの話をしながら私は同じ和歌山生まれの作家、中上健次に思いを馳せていたのだった。彼も野崎と同じように和歌山の出身で紀州という土地にこだわりながら、戦後に近代化して外国を模倣するかのようにオシャレになっていく日本に対して反近代を標榜するかのような土着性に満ちた作品を書いていた。

 

彼が『蛇淫』などで書く土臭い性行為なぞ、まさに野崎が和歌山で体験した祭りの中のセックス、農村で汗と臭いにまみれながら行うセックスそのものなのである。実際に野崎も少年時代、急激にアメリカを目指さんばかりに近代化する教育に疑問を覚え「極端なアメリカ礼賛の教育に辟易した」と語っているのである。

もちろんこうした感情は当時の小学生の多くが素朴に持った感情だろうが、性行為というものを媒介にして自然とこの2人が連想されること、そして二人ともが和歌山の出身だということは興味深い。

 

しかし中上の陰鬱な文体に対して野崎の文体は驚くほど軽い。というよりか全体的にふざけている。どこまで本気なのかわからない。当人はいたって真面目なのだろうが話している内容が内容なので全く真面目さが伝わってこないのだし、この自伝は――多くの人がただのネタとして読むのも分かるほど――軽い文体で流れるような語り口調なのである。

 

和歌山を媒介にして二人について考えたとき、また別の共通項として考えられるのは二人ともが和歌山から「東京」という街に移り住み、そしてその街に愛着をもっていたことである。野崎などは「関西よりも東京の水が合っていた」と書いて六本木のクラブに毎日のように通っていたのだし、中上もまた新宿という街でクスリをキメてフリージャズに浸っていた。

それで今書きながらふと気が付いたのだが、もしかすると野崎と中上のこの文体の差は、東京は東京でも彼らが通っていたその街の違いが文体に反映しているのではないだろうか?文体というのはいろいろな影響のもとに生まれるものだと思うのだが、もちろん彼らの性格もあるだろうし、それが選ぶ街にもつながっていて(しかもそれを選ぶ要因もまた時代や状況によってまちまちだ)街と文体はつながっているとも考えられる。

 

 

中上は自分の本でも語っている通り、その自らの文体をフリージャズのようにして書いていた。その文体は新宿という街で流れていたフリージャズに浸るかのような文体であり如実にその街の特徴を表している。

では野崎の場合は?

それを考えるにはまた六本木という別の街について考えなければならない。もちろん野崎と中上が東京に来た時代やそこで遊んでいた時代は違うのだし、単純にこの二人の差は時代的なものだとも言えなくはないだろう。それでも僕はこの二人がたどる足跡や、彼らが書いた本からこうしたことをふと考えてしまうのである。

 

さて、話が散逸してしまったようだ。

僕は野崎という人物は実のところ、案外に日本のある文化の水脈を語るときに重要な人間なんじゃないかとわりかし本気で考えている(野崎がセックスのことを真面目に語るように)。それは今短く素描したように、和歌山という土地性が持つ土着性を若いころに体験し、しかしそれから逃れるようにして六本木という都会に行った野崎の足跡ゆえだ。

そしてそれは例えば本稿で名前を出した中上健次から語れる文化史とも異なれば、また若い時から六本木に通っていた人間(つまり、六本木族とか言われている、50年代に六本木の老舗イタリアン「キャンティ」に通っていたような連中だ。中尾彬や、ムッシュかまやつ、それからユーミンこと松任谷由美もまたその一員だ)から語れる文化史とも違った文脈が彼の自伝からは引き出せるような気がするのである。

 

たぶん、こんなこと考えているのは日本で僕ぐらいなものだろうと思うし、実際僕は野崎のことを過大評価しすぎだろう。実際には六本木ぐらいしかクラブが多く存在するところがなく、野崎が遊ぶにはちょうど手軽だったのだろうし、本人は何も街を選ぶ意識などしていないだろう(当然のことだが)。

 

しかしこのように彼がその生きざまを本という形であらわしたおかげで僕のような誇大妄想者的な読み方が可能になったわけだ。だからこそこの本がただのネタとして受容されされるのを笑って見るだけではなく、僕たちは彼の生きざまから様々なことを語っていいのだし、語るべきなのだ(たぶん)。

野崎のような奇妙な生きざまをただネタにするだけでなく少し踏み込んで考えてみると異なる日本の文化史が見えてくるのだと思う。

 

最後の方は真面目に語ってしまったが、普通にくだらなくて面白いのでお勧めの一冊である。

是非手に取って読んでいただきたい。ご購入はこちら

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