2016年、ボブ・ディラン巡礼記

2016年に本物のボブ・ディランを観るまでは、僕はボブ・ディランの存在を疑っていた。

 

彼が残した数々の音源、言葉、伝説の断片にも触れてきた。

批評的な言葉や語るようなメロディ、そして強烈な声は2010年代においても色あせない魅力があった。

もっと言えば世界中のミュージシャン、あるいは芸術家がディランの影響下にあることも、かつての僕は知っていた。

 

しかし、かつての僕には一つだけ信じられないことがあった。

ボブ・ディランが生きているということである。

 

デヴィット・ボウイやマイケル・ジャクソンもこの世のはいない。ディランのようになりたがっていた、スティーヴ・ジョブスもいない。

 

それでも、ディランは生きている。その実感がなかなか湧いてこなかった。

チベットの仏教徒も僕と似たような感情を抱いているだろう。「ダライ・ラマって本当にいるの?」と。

 

確かにボブ・ディランが生存していることを確認する手段はあった。彼はコンスタントに作品をリリースしていたからだ。

 

2012年にオリジナルアルバム『Tempest』、2015年にはジャズのスタンダードナンバーをカバーした『Shadows in the Night』をリリースし、その後もジャズアルバムを出していた。

しかしそれらの作品は、どこか古くさく「今の時代の音楽」では決してなかった。「60年代に録音されたものをリマスターした作品」だと言われても多分気づかないだろう。

だからこそ「ボブ・ディランが生きていて、今も活動をしている」という事実を信じられなかったのである。

 

2016年、4月。

僕はTOKYO DOME CITY HALLで開催される彼の来日公演に行く機会を得た。

ついに生身の彼を確認することができる!そう心を踊らせるのと同時に、「そもそも目の前にボブ・ディランは現れるのか」というモヤモヤが残っていた。

ライヴ当日になってもモヤモヤが消えることがなかった。

 

会場にはどことなく緊張感が漂っていた

ライヴ特有のお祭り感、ワクワク感がないのである。

ボブ・ディランという伝説を見届けなければならない––

おそらく、その場にいたそんな責任感にも似た気持ちを抱いていたのだろう。

 

 

ステージ上には大掛かりなセットもスクリーンもなかった。ただ楽器と七つの照明があるだけだった。開演前のBGMも一切ない。

僕を含めた2000人の観客は、ただただ静かにボブ・ディランがステージに現れるのを待っていた。

 

突然会場が暗転して、アコースティックギターのストロークが聴こえてくる。

ギタリストをはじめ、楽器隊が続々と入ってきて最後にシルクハットをかぶった老人、ボブ・ディラン本人が登場する。

そしておもむろにどこか聴き慣れたしわがれ声で歌い始める。その声は音源で聴くよりどこか優しく聴こえた。

「ボブ・ディランって歌が上手いんだな」というあまりにも当たり前のことを思ってしまうほどだ。

ピンスポットライトが無いせいで彼の顔がよく見えないのも、またいい。

 

代表曲もしっかりやるし、近年の曲やカバー曲も歌う。なんともバランスの良いライヴなのである。

 

そして、なによりボブ・ディラン本人が楽器を弾いている時が一番楽しそうなのが印象的であった。

過去の彼のように常にギターを持っているわけではないのだが、ハーモニカやピアノをこれでもかというほど演奏しまくる。ピアノを弾いている時などは、おそらく彼の子供ぐらいの年齢のバンドメンバーたちと仕切りにアイコンタクトをとっていた。

 

そこにいるのは時代遅れの伝説的ミュージシャンではなく、ただ一人のバンドマンの姿であった。

 

しかし、それでも最後まで僕の中のボブ・ディランに対する畏敬の念のようなものは消えなかった。

彼がこの日唯一のMCで「ドウモアリガトウ」という洋楽アーティストにありがちな片言の日本語を喋った時も「ボブ・ディランって喋るのか」と訳もなく感動をしてしまったぐらいである。

 

アンコールで代表曲の「風に吹かれて」を歌った時もそうだった。

以前観たモノクロ映像とは違いアコースティックギターではなくピアノを弾いているし、アレンジも完全にジャズ調になっていた。

なにより節回しが原型をとどめていないほど崩してあるのだ。

 

 

過度なアレンジはベテランアーティストにありがちなことであり、時にそれは嫌悪されるべきことだ。

しかし、ディランの場合は不思議とありがたみを感じてしまう。

原型をとどめていない名曲を聴きながら、かつてエレファントカシマシのボーカル、宮本浩次がテレビ番組でボブ・ディランについて語った時の言葉を思い出していた。

 

ボブ・ディランが「ライク・ア・ローリングストーン」を『ライカロリンストッ』って吐き捨てるように歌うたび、涙がブワーって出てきたんだ

 

が言っていることが初めて理解できた。アンコールはあっけなく2曲で終わり、ボブ・ディランはバンドメンバーと共に一礼をしただけでステージ裏へと帰って行った。

どこか取り残されたような気分になった観客たちも、ライヴが終わるとそそくさと帰って行った。まるで何かの宗教儀式を終えた後のように。

 

2016年のボブ・ディラン来日公演はある種の儀式だったのかもしれない。

僕は偶像でしか拝んで来なかったボブ・ディランの本体に巡礼しに行ったのである。

 

不思議なのはライヴをしているボブ・ディランは生身のバンドマンであったのに、あの神々しさはどこから来ていたのだろう。

それが僕にとっての大きな謎であった。

 

 

 

あれから2年が経った。

2018年7月28日、ボブ・ディランはフジ・ロックフェスティバルで100回目の来日公演を行う。

 

18時の苗場スキー場の4万人収容のステージで、彼は歌うのだ。

しかも、同時間帯に主要4つのステージで他のアーティストによる演奏は行われないという。

 

それはフジロックの主催者からの「ボブ・ディランは必ず観ろ」というメッセージなのかもしれない。あるいはディランが早く帰りたいだけなのかもしれないが。

 

ともかく2018年夏、たぶんボブ・ディランはやって来る。

一体どんなステージになるのかは想像もつかないが、僕はまた巡礼することになりそうだ。

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吉田 ボブ
サザンオールスターズを子守唄にして育ち、マイケル・ジャクソンによって音楽に目覚める。 音楽、野球、映画、アイドルを横断歴に論じる。TAP the POPにて隔週で連載 年2回発行されるフリーペーパー「WASEDA LINKS」編集長
吉田 ボブ

吉田 ボブ

サザンオールスターズを子守唄にして育ち、マイケル・ジャクソンによって音楽に目覚める。 音楽、野球、映画、アイドルを横断歴に論じる。TAP the POPにて隔週で連載 年2回発行されるフリーペーパー「WASEDA LINKS」編集長

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