La shoire の由来

 

その昔、最初の人類であるアダムとイヴが初めてお互いの性器を意識しあったとき、アダムは彼自身の恥部を一枚の葉っぱで隠すことに決めた。その葉っぱをこそ〈Shoire〉と呼ぶ。今はもう使われなくなってしまった古代ラテン語である1

では〈La〉はどのような意味か。むろん、現在の言葉では英語の〈The〉と同じで何の変哲もない定冠詞を表している。しかし古代ラテン語では全く異なる用法を持っていた。突き詰めて言えば〈La〉こそ、イヴのことだったのである。

どういうことか。

 

〈La〉とは古代語の接頭辞で「取り去る」という意味を持っていて、まさにアダムの恥部を――それを隠していた葉っぱを取り去って――見ようとするイヴと非常に関係が深いのだ。今でもその痕跡は一部の言語に認められる。なぜ、〈La〉はフランス語において女性名詞にしか付属しない定冠詞なのか。それはこの〈La〉こそ、神話的二元論における女性の象徴を表しており、元の意味(「取り去る」)だけが消えて言葉とその象徴するところの「女性」だけが現在まで残ったのである。

 

転じて〈La Shoire〉と言ったときに、「覆いを取り去って隠されたものを見る」という用法が古代においては使われていたらしい。もちろん哲学の範疇においてはその「隠されたもの」とはイコール「真理」のことだろうが、ギリシャ哲学のいくつかの大著でもこの言葉については少しだけだが言及がある2。しかしながら現在ではもうそのような意味は無く、あれほど「真理」にこだわったハイデガーでさえ、この言葉についての言及をしていない。

 

説明が遅れた。〈La Shoire〉とは私たちが作るWeb Magazineのことである。この新しいメディアのタイトルでなぜ、かくも固く、そして古めかしい言葉が冠されるのか。

 

理由は2つだ。

 

1つ。私たちが書く記事はどれもこれもが何かの覆いを取り払うものだということ。そこでの覆いはタブーやイメージや偏見かもしれない。それは様々だし、覆いの取り払い方も記事によって違う。しかしその根底にはこの〈La Shoire〉という言葉が必ず存在する。

 

2つ。これを読んでいる人は(私たちもそうだったが)、〈La〉という言葉に「取り去る」という意味があることを知らなかっただろう。しかしかつてはそうだったのだ。〈La〉という言葉がただの定冠詞としては見れなくなってしまうこと。そのような現在何気なく見ている風景を一変させてしまうような経験を味わうこと。それこそがこのメディアの目指すまた別の目標である。ここに掲載される記事の何か一つでそのような体験を味わえる人が1人でも2人でも現れてくれれば嬉しい限りである。

 

このWeb Magazineは未完だし、これからも終わることはないだろう。記事の種類は硬派なものから、ふざけたものまで音楽、演劇、都市、オカルト、アングラカルチャー、左翼、天皇、美術、思想……など幅広い。目についたものや、興味のあるものをつまみ食いしてみても良い。片っ端から読んでみるのだってもちろん良い(というかありがたい)。しかしどの記事も必ずあなたを満足させるだろう。それは保証する。

さて、無駄なおしゃべりはもうやめにしよう。そしてアイコンをタップして記事を読んでみよう。葉っぱの覆いを取り去り、〈La〉に新しい意味を発見するために。

La Shoire編集部

 

 

1以下、古代ラテン語の記述については、珠翠里宇健『うけん先生の早わかり古代ラテン語』(ばなな書院、1986年)を参考にした。

2代表的な書物としてシャナカキス『存在論集成1』(柄谷一岸訳、『シャナカキス全集3』所収、人知書房、1965年)、ブダボショス『普遍について』(瀬之口元樹訳、『ブダボショス全集5』所収、芦川書店、2005年)などがある。

 

 

 

まぁ全て作り話なのですがね。

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